2010年12月04日

面会交流の相場と「子どもの福祉」

家庭裁判所に行って、子どもと会うことが困難であることを知って
暗くなる人は多いと思います。
しかし、家庭裁判所が面会を制約するその根拠を知ることで
多少は裁判所の人や法曹関係者の業界の常識に対応することはできます。

「最小面会」月1回2時間はなぜなのか


家庭裁判所に行くと、
最近は月に1回2時間という限定された面会時間となることが
以前よりは多くなってきました。

以前は、0回答や年に数回などの面会回数が徐々に増えていった結果です。
家裁で調停委員が子どもに会いたい親には
「月に1回でも会えないよりましでしょう」と説得し
会わせたくない親には
「月に1回くらいなら会わせてやってもいいじゃない」と
説得する場面がままあります。
別居親の側が少なすぎると審判への移行を決断して結果は変わりません。
審判でいい結果が出ることがわかれば、みんな調停で話し合う気がなくなり、
審判を申し立てることになります。
毎日何十件と調停を抱えている審判官が、膨大な争訟に対し
いちいち決定を書面で書く時間はありません。
そのため、調停制度を維持するためにも、調停よりいい結果は
出さないのです。
親どうしの関係が悪いと、隔月2時間という相場に落とされ
ますます親子の交流が難しくなります。

親どうしの不信感が強い場合は、
第三者として、面会交流支援団体の関与が
調停や審判で決まることがあります。
しかし、これまで主にその業務をになってきた
家庭裁判所調査官出身者でつくる団体、
家庭問題情報センター(FPIC)は、
月に1回しか引き受けないので、
家裁もそれより多い回数を出せないという背景もあります。

「高葛藤」


ところで、家庭裁判所は「高葛藤」のカップルには、
面会交流は難しいとして、面会を認めないことがあります。
しかし、同居親の拒否感情が強いと、会えない側がいらだつのは
当たり前であり、それを理由に面会拒否を認めるのなら、
「高葛藤」という説明は適切ではありません。
家庭裁判所や制度の壁が「高葛藤」を生み出していることが
ままあります。

「子どもの福祉」


そして家庭裁判所が面会を制約する理由は「子どもの福祉」です
主にその理由は次の3つです。

1.「高葛藤」
2.子どもの年齢・意思
3.「家庭の安定」

1についてはすでに述べました。
ルールの存在がまず前提であり、詳細な取り決めがなければ
親どうしの対立が高まりやすいのは当然です。
子どもが親を選べないように、子どもがいる限り親も相手を選べません。
まず、信頼感を取り戻すための詳細なルールづくりが必要です。

2については、
子どもが小さいうちは、同居親の協力が必要なため、
子どもが大きくなれば、「子どもが会いたくないと言っている」と
言われて、いずれにしても子どもに会うのは難しくなります。
海外では、子どものタイムスパンの短い幼児こそ
頻繁な面会回数が認められます。
「子どもが会いたくない」と言っても、
その理由を受け止め、カウンセリングを受けながら
面会を実現していく努力を裁判所や行政の関与のもとにしていきます。

3については、
要するに別居親は「邪魔者」という理屈です。
しかし、子どもに会いたい親は子どもと交流するのであり
別れた相手と会うのでもないし、会いたくない人が多いのは
同居親と同じです。
そうであれば、子どもにとっては両方の親と接触を持ち続けるのが
当たり前の結論だと思いませんか。

離婚が権利であり、裁判所が子どもを育てるのでない以上、
裁判所は会う会わせないを決めるところではなく
どうやって両親が引き続き子どもの養育に関われるのか、
その方法を決めるところです。
posted by 家裁監視団 at 22:05| Comment(12) | 家庭裁判所とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ジャングルの掟」から「法の支配」へ

連れ去りと引き離し

家裁の運用が力関係で決まることになっているため
親権争いで圧倒的に強いのは、子どもを確保している側です。
よくあるのが、妻が子どもを連れて家を出る、
子どもを会わせると連れ去りの危険があるために会わせない、
会わせないと、夫のほうは子どもとこれから会えなくなるんじゃないかと
相手に面会の要求を強くする、その状態で家庭裁判所に行くと、
「高葛藤」と言われて、面会を制約される。
つまり、「先に取った者勝ち」の「ジャングルの掟」が
現在の優先ルールです。

「子どもが小さいうちは母親」という母性優先の原則、
「子どもの居所は変えないほうがいい」という継続性の原則は、
「実効支配」という「ジャングルの掟」を補完する論理にすぎません。

暴力から逃げるために、緊急避難として
子どもを連れて家を出ることはやむを得ませんし、
そのための法律も不完全ながら整備されています。
しかし、相手が離婚に応じない場合に、
子どもを連れて家を出たり、実家に帰り、
離婚も決まらないままに親子が引き離されるような
ケースの多くは、離婚後の共同養育が確保されれば、
ルールに基づいた離婚後の養育のあり方へと変わっていくはずです。

民法766条

離婚後の子どもの養育について記載された法律は、民法766条です。
ここには、離婚後の子どもの養育について、話し合って決める、
話し合いがつかなければ家裁が決める、それだけしか書いていません。
そもそも民法ができた当初は、離婚は数も少なく例外で、
仲が悪くなって離婚したんだから、離婚後の共同親権なんて無理、
という単純な発想で、単独親権制度が維持されたにすぎません。

他方、子どもにとっては、両親揃った家庭が「一番いい」という発想で、
民法766条の家裁の丸投げの条文は法解釈されてきました。
その結果、まずは家裁は、「子どものために」元の鞘に戻ることを勧め、
離婚が避けられない場合には、
同居親には、「子どものために」再婚を勧め、
別居親には、子どものことは忘れて新しく家庭を持つことを勧め、
社会も、「別れた親には会わせないほうが子どもが落ち着く」
という認識で、別居親子を引き離してきました。

しかし、シングルマザーや再婚家庭の児童虐待の割合の高さが
一般に認識されている現在、養親であれ、両親そろっているほうが
「子どもの福祉」というのは都市伝説にすぎません。

子どもの権利条約

実は、国連の「子どもの権利条約」はその9条3項において
「締約国は、児童の最善の利益に反する場合を除くほか、
父母の一方又は双方から分離されている児童が定期的に
父母のいずれとも人的な関係及び直接の接触を維持する権利を尊重する。」
と定めています。

子どもの権利委員会は2010年、
現行の養子縁組制度について、日本政府に懸念を表明し、
すべての養子縁組について裁判所の許可を得るようにとコメントしました。
ところが、日本では、両親揃った家庭が一番いいという考えのもと、
親の再婚と同時に役所の手続きによって
子どもも「再婚」する連れ子養子が一般的です。
そして、離れて住む親は、元配偶者の再婚と連れ子養子によって
実の子どもと関係が絶たれることがままあります。
この状態で別居親が家裁に訴えても、
再婚を理由に、面会交流が制約されることが多くあります。
日本の家裁の運用は、国連の見解とは正反対です。

「法の支配」へ

親から子どもを連れ去って会わせなければ通常であれば誘拐罪です。
親であってもそれは許されない、そういう考えから海外では
親による子どもの連れ去りに刑事罰が適用されてきました。

「民事不介入」という原則の下、
法も警察も行政も、家庭の中のことには口を出しませんでした。
しかし、DVや児童虐待への警察や行政の介入が積極化する中、
離婚と子どもの養育についても、ルールに基づいた解決が求められています。
「親権を失えば子どもに会えなくなる」ということが知られるように
なったため、最近では、子どもの奪い合いが事件として報道される
ことが多くなりました。
原始時代のような現在の民法ではなく、
ルールに基づいた解決が可能な新しい法律が求められています。
posted by 家裁監視団 at 21:49| Comment(0) | 家庭裁判所とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

単独親権制度と「子捨て機関」

単独親権制度

日本では子どもがいるカップルの離婚に際し、
子どもの親権をどちらかの親に決め、
それを役所に提出することによって離婚が成立します。
どちらか一方が離婚を拒めば、家庭裁判所での調停や審判、
離婚裁判で離婚と子どもの親権が決められます。
親どうしの関係が子どもについては冷静なら
双方の親が子どもの養育に関与することも可能ですが、
家裁に行くカップルはもともと話し合いがつかないから
家裁に行くわけで、子どもの連れ去りや面会拒否があれば
さらに両者間で養育合意をすることは難しくなります。

したがって、
裁判所は一方の親に子どもをあきらめさせることによって
将来の紛争の火種を断つという運用をしてきました。
協力できないカップルに面会交流は無理というのです。

しかし、親どうしが子どもを押し付けあっているならともかく
双方が子どもの養育の意思を示している場合、
どちらかに親権を決めることに合理性はありません。

親どうしの関係が離婚時において非和解的でも
受け渡しなどが安全になされるよう細かくルールを決め、
それぞれの親のところに子どもがいる場合にのみ
子どもの養育の責任を持つ「並行養育」であれば、
当面親どうしが非関与的でも共同養育は成り立ちます。
将来的には協力できる余地もできてくるでしょう。

親子関係を断ったり極端に制限する
家庭裁判所の現在の運用は間違っています。


単独親権制度と親権の所属


戦前、親権は婚姻中も家長(つまり男)にあり、
戦後の憲法の男女平等規定に伴い婚姻中のみ共同親権になりました。
しかし実際の家庭内での男女の地位や性別役割分業はすぐには変わらないため
離婚時には、親権を父親に子どもの養育を母親にさせる親権・監護権の
分属がなされたり、あるいは母親が家を追い出されて親権もとれない
ということが多くありました。
母親が親権を得る率が父親よりも多くなったのは
高度成長時代の1965年です。
現在では、女性が親権をとる率は8割から9割となっています。

離婚後も、母親が子どもの養育にかかわることが
できるようになったわけですが、逆にいえば、
それで父親が消えてしまえば、養育負担は母親のみに負わされます。
父親からしても子どもにも会えず、養育費を払い続けるのは
まるで自分がATMになったような感覚です。
子どもの養育は「養育費」という経済のみでなされるわけではありません。

現在においても跡継ぎの問題で女性が家を追い出されることはあり、
そうなると単独親権制度はそれを肯定するばかりです。
先に子どもを連れて家を出れば親権は得られますが、
男性女性どちらが優位にしろ、子どもをめぐって
家族関係に序列を作っていくのに単独親権制度は最適です。

もちろん、こういった諸々の問題は単独親権・共同養育を
共同親権・共同養育に変えればすべて解決するわけではありません。

男女とも雇用条件は若い世代ほど厳しいですが、
女性の劣悪な雇用環境が整備されなければ、
経済格差を背景にした発言権の違いは離婚後も生じ、
それが子育てをめぐる対立の再燃に転嫁することもあるでしょう。
男性の側も、離婚を機に養育にかかわろうとしても
仕事を離れれば生活不安に直結するのであれば、
共同養育など難しくなります。

何よりも、男尊女卑的な考えの存在や、
婚姻中の対等性の確保が意識されなければ、
共同養育が親どうしの対立の機会を増すばかりという
危惧は杞憂とは言い切れません。

しかし、逆にいえば、離婚を機にそういった関係性を
個々の当事者が見直すことも可能です。
離婚はしていなくても子どもを理由として
仮面夫婦を続けている人は多くいます。
共同養育・共同親権という制度が法的に確保されれば
当事者間の関係性は力関係だけに左右されず、
そういった関係性を見直すきっかけにもなります。
そんな中で、離婚するしないの判断も冷静になされていくでしょう。


単独親権制度は子捨てを促しシングルペアレントを量産


しかし、家裁は一方の親に子どもをあきらめさせ
他方の親に養育負担を負わせます。
別の見方をすれば、親に子捨てを促し、
シングルマザーやシングルファーザーを量産してるのです。
経済的に困窮したシングルマザーやシングルファーザーへの
公的扶助は必要ですが、それが制度を背景に生じているとすれば、
マッチポンプです。

子どもも、もう一方の親が子どもの成長にかかわりたいと
思っていたのに、家裁の斡旋によって親と会えなくなったと
後に知れば、そのことにしかたなかったと納得がいくでしょうか。
親と会えない時間を抱えたまま大きくなり
そのことに後悔するのは親ではなく子どもです。

「チルドレンファースト」ではなく「チルドレンラスト」

それが現在の家裁です。
posted by 家裁監視団 at 21:47| Comment(2) | 家庭裁判所とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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